間違いだらけの人生:あらすじーその1ー


1984年〜1991年/昭和59年〜平成3年(20代後半)


大学の文学部を卒業した私は京都にある出版社に勤めました。
学術書も出している堅いところもある出版社でしたが、
とにかく酒の呑み方がひどい、深夜に部長が呼び出しを
かけて管を巻くのに付き合いをさせられたり。次の晩は
課長が、次の日は著者接待で昼間から・・・。
普段の、呑んでいないときの「編集者」とは思えない
知性の感じられない会話・・・
くだらないと思い、すぐに辞めて、翌年、大学院に入り
直しました。


出版社を辞めるとき、意識していたのは、アフリカの飢餓の
報道でした。


大学院に2年行って、中途退学しました。
この間正月も休まず勉強しましたが、結局哲学の中の
研究領域が自分のやりたかったのと違っていることと
もうひとつの理由で、続けられませんでした。


もうひとつの理由というのは、南北間の経済格差が
ますます広がるなかで、富める国のひとつである
日本でのうのうと生きていることへの嫌悪感でした。


スーザンジョージという人の書いた「世界の半分は
なぜ貧しいのか」という本に書いてありますが、
そしてようやく最近この「事実」は日本のマスコミなど
でも取り上げられるようになってきましたが、
<<食料生産は世界全体の人口に十分ある。それなのに
飢餓や栄養不良の人びとが何億人もいるのは、システム
の問題である>>
しかし、自分がどうしたら良いかについては、さっぱり
分かりませんでした。

 *そして、この問題はいまだにますますひどくなる
  ばかりです。
  

日本は総中流社会という言葉がまだ生きていました。
北の世界は東西冷戦の最終局面に入っていました。
私は広く世界を知りたい、できればこの目で見たい
という願望を実現したいと思い、日本語教師を目指し
ました。


養成講座がたまたま実家の近所の日本語学校で始まるという
新聞の折り込み広告が目に留まったのがきっかけでした。
第一回の日本語教育能力検定試験に合格しました。
平行して、養成講座の監修をなさっていた草分け的存在で
ある教授のお誘いを受け、「姫路難民定住センター」で
インドシナ難民の人びとに始めて日本語を教える仕事を
しました。


昼間は日本語教師、夕方から塾の講師の二本立てで
経済的に独立できました。
ソ連邦の改革を進めるゴルバチョフが訪問している
ときに天安門事件が起こりました。ベルリンの壁
崩壊しました。


冷戦構造が溶解し始め、日本国内には目に見えた変化の
見えない中で、世界は変化を始めていました。
この影響で自分の困ったことは小説が書けなくなった
ことでした。(この辺の関係は微妙ですが)
しかし、
面白い時代になってきたんじゃないの〜、なんて
思っていました。
少なくとも、あの頃、今のような人類の歴史が後退して
いくような感覚になる後ろ向きの変化がやってくるとは
思ってもみませんでした。
人類現代史も、直線的に良くなるばかりではないのだと
実感する今日この頃ですが。


養成講座を受けた日本語学校と時給の問題で揉めて
辞めました。
タイミングよくコピーライターになって、その一年間
京阪神の数百の中小企業のトップから新入社員まで、
さまざまな働く人、経営する人の生の声を聞きました。
消費者向け商品のコピーではなく、就職情報誌のコピーが
中心の仕事だったのです。
バブル経済の最後の仕上げみたいな時期でした。
終わりがささやかれつつ、中小企業といえども、
バブルの高速回転の惰性の中で景気はまだ良かった
頃です。


その頃始めて海外に出ました。タイに行きました。
タイ語教室の仲間もできました。これはコピーの会社の
社長さんが、ぜひ海外に行くべきだという考えで強く
進めてくれたこと、ボーナスは出えへんンけど、外国に
行くんやったら、ちょっとは費用を出してやるという
スバラシイ考えでプッシュしてくださったんです。


しかし、仕事は一年で辞めました。
「日本の資本主義の実態はもうよく分かった。」「この
システムの中でしか今は生きられない俺ではあるが、
これに盲目的に加担したくない、今日これに加担するのは
道徳的に言って「悪」である」と判断したので辞めました。
しかし、どうすれば良いのかは、あいかわらずさっぱり
分かりませんでした。


そのころ、タイミングよく、このブログで紹介した広島県
日本語学校で専任の話しがあったのです。渡りに船とはこのこと
です。七年間片思いながら、気持がやっと通じたかな・・・と
思えそうにようやくなってきていた人との恋が実質終ってしまう
というような犠牲も払いつつ、広島へ移住しました



利益を(国際社会に)還元するといううたい文句は、若干私の
良心のうずきを慰めてくれはしましたが、「近代資本主義世界
経済システム」(ウォーラーステイン)が貧しい国や地域の人
を犠牲にして金ぴかになっていくことは止まらないし、自然破
壊も同様に止まらないし、

私の心の中のアラームは

終日鳴りっぱなしでした。

何年も、何年も・・・
(次回に続く)
大きい活字でびっくりさせてしまったら、ごめんなさい。