Paul Auster編のTrue Tales of American にでも入りそうな出来事。

しかし、それは人生という長編小説の単なる(     )に過ぎないのかもしれない・・・
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正解は? 
んなことはどうでもいい。


多幸感euphoriaというのはギリシャ語が語源である。
美辞麗句や気取った文体はeuphismだ。


水曜日はプライベートレッスンが夕方に二つ入っている。
どちらのレッスンも始まったと思ったら、すぐに終った。
教え足りなかったのだ。
一分当たり2〜3個の情報ティップスをあげたぐらいでは
ものたりない。
とにかく、限られた時間で、生徒さんのこまごました間違いを
修正しつつ、附随する情報を伝えていく、関連する情報はあれも、
これも、頭の中はめまぐるしく回転して、相手に分かりやすく
加工して出せるだけ吐き出したい。ふたりとも、レッスンを重ねて
コミュ二ケーションがスムーズに行くようになってきたところ。
こちとらもエンジン全開でかかった。


終ってからも興奮冷めやらず、ああ、教えるって楽しいなあ、と
にこにこが止まらないまま帰宅した。


なんの変哲もない「ためして合点」がやけに楽しい。
ほうれん草はカルシウムか油と一緒に取れば
あくが出ず、硝酸が結石になることもないのだそうだ。
・・・すばらしい。いい番組だ。NHKはたいした局だ!


遅めの夕飯の後、クールダウンにとStevie Wonderの曲を
かけて、自分も熱唱した。これがさらにいけなかった。
特にHappier Than the Morning Sun.がいけなかった。
これこそ多幸症の域に達している曲だ。
就寝後も、あの幸せを司るドーパミンがとろとろ、
とろとろ、出続けるのが分かる。分かるんですよ、私は。
頭のどこが活動しているかも、学生時代から分かってましたから。
あ、今右脳半分が電位が上がったな、てなぐあいに。


古代のギリシャ人はこの分泌作用をば、天井に住まい、
現代人などより、よほど人間臭く様々な能力と、
それに不死という完全性を備えた神々の仕業だと
考えていたわけだ。


少し寝ると、また起きる。結局午前四時ごろにドーパミン作用
が鎮静し、ささやかながらまとまった眠りを摂取した。


朝、7時半に目が覚めた。寝たりないはずなのに、前向きな
気持が溢れて行動に移らずにはいられない。
朝食も取らず、着替えてすぐに家を出る。父が用意するのを待つのが
まどろっこしい。
歩きながら、ブログに書く文句を考える。
「不安がないと言ったら嘘になりますよ、でもそれ以上に、
教えたい、あれもしたい、これをやったら、学習者に役に立つ、
イデアがいくらも湧いてくるので、とにかく前に進むしか
なかったのです、あの頃は・・・」
成功者の回想になってしまっている。この段階で。


マクドナルドでPowerBookを立ち上げ、
スケジュールの整理し始め、ToDoリストを埋めていく。
平行してぱくぱく食べる。早食いは良くないと思いつつ、
気持が焦ってゆっくり食べる事ができない。
イデアがわくのが止まらないというのは本当なのだ。


ユーフォリアは昨日眠れなかったときよりは薄らいで
微かに続いている。そしてなにか良い事がありそうな予感が
して止まらない。なんなんだ、これは?


10時になり、PowerBook上の事務も終わり、地元の「千寿の湯」に行く。
ここでもアッという間に一時間半が過ぎる。


自宅に戻り、昼食は私が父の分も用意し、しかし、
鳥インフルエンザがどうのこうのとのたまいつつ、いつまでも庭いじりを
やめない父を待てずに先に済ます。自室で仕事関連のメールを打つ、
日本語教育教材を作る。紅茶を啜る。


必要があって夕方四時から難波の書店へ向かわなくてはいけなくなった。
駅のプラットフォームに明らかに他の客とは空気感が違う外国人女性。
ベンチに腰掛けて本を読んでいる。秋らしい装いにびしっと身を固め、
大胆な角度で留めた小振りの黒いベレーから気品を漂わせまくっている白人女性。
目を疑った。
知っているかつて教えた学生であった女性に途轍もなく似ている。
ただ歳月の隔たりが心のありようや表情にもたらした変化のせいか、
あるいは別人が限りなく似ているだけなのか、
そこんとこが分からない。
おっそろしい神の悪戯かと思った。何しろ廻りの、失礼だが、小汚い
シーンから浮いているのだ。
いや、最近珍しくなくなった高校の英語の先生方とも明らかに
ファッションの気合いの入り方が違う。
そう、それが私の知っている彼女だった。
ベンチの前を横目を使いながら通過する。
確認できないまま通り過ぎる。
違うと言い聞かせる自分。確かめよう、違っていても
話しかけてみるべきだという自分。
いや、やっこさん自身でないとも言い切れないと言う自分。
手で顔を覆いたくなるのを堪える。


フランス系アメリカン。中西部のカトリック系の住人の多い保守色の強い田舎町出身で、
父上は村長だと言っていた。本国の西海岸で教えていた時に不幸な事故に遭った。
教え子の日本人学生が大した理由もなく同じ年頃の不良に、
路上で撃たれて亡くなったのだった。私が勤める日本語学校に学生としてくる
前はその地方の私立大学で英語を教えていた。
彼女を最初に見たのは、どこの誰とも知らないときだった。
電車で座っている大学の帰宅途中の彼女を、つり革の位置から盗み見ていた私。
どうやったらお近づきになれるものか、死ぬほど頭を絞ったのだが何も出なかった。
それから数ヶ月したころ、彼女は日本語学校に現れた。
彼女は、学校の宿舎に入り、他の学生たちとともに私の隣人になった。
自分の男運の悪い話しを面白おかしくお茶のお供に供したり、
そのときは、居合わせた全員が、そんなはずはないと口を揃えた。


普通の日本人家族も住む社宅を兼ねていたので、月一の掃除がある。
彼女は裸足になり、泥だらけになりながら嬉々として、我先に取り組んでいた。
それに、この私に、こんなところのこんな仕事は本当に勿体ないと言い続け、
腐りかけていたのをなんとか潰れないように支えてくれることもあった。
あるときは、授業がいい加減だったとはっきりと、忠告もしてくれた。
日本語学校卒業後、ふるさとの近郊の日本企業に勤め、風の便りには結婚したと
聞いていたのだが。


あの始めての電車は何年前だったか。
十年を越えた遥か昔のはず、それが今再現されているかのようにしか思えない。


話しを飛ばして悪かった。
彼女は電車に乗り込んだ。
私も同じドアへぎこちない早歩きで追いかけた。
席に着いた彼女もちらっと私を見た気配はあったが、なにごとも
なかったように本を読み続ける。あの本のタイトルが分かれば
話しかけるきっかけになるかもしれないのだが。


向こうが私かもしれないという可能性に気づく方が難しいだろう。
彼女は私のホームタウンが今の駅の町だったことは知る由もない。
それ以上にわたしのおっさん化がかなり厳しい。
分かれという方が無理である。


隣りの席が空いた!
ヨコに座る。い、いかん、かえって緊張するじゃないか。
さきほどからすでに何通りも話しかける英語のフレーズを
思いついては打ち消し、まとめ役のいない作戦会議が
紛糾しつつ続いている。


あのJapanese Lessonのチラシは?
ないわい、ぼけ。
あほけ、いっつもいれとかなあかんやんけ。
どうせ名刺もかばんから出しっ放しで、、、
いや、ある、あった。温泉浸かって濡れたタオルの
入ったレジ袋の下やがな。
ようし、こいつで・・・


ええっ! 
ここで立つの。もう一個次の急行停車駅まではいっしょに
乗っていけると思ったのに。
アナウンスが響き、電車が速度を落とす。
「みいくにがおかあ、三国ヶ丘あ、阪和線はお乗り換えでございます」


"Excuse me,I think you are getting off at a wrong station.
... Or...I'm just stupid."
おどろく彼女。これではまるでsitcomの台詞である。
”I am sorry for bothering you. But I am a professional Japnese
teacher. Take this, just in case. I'd like to help you if you need.
And you look great"
"Wow. OK. Thanks"
彼女は名刺を受け取り、微笑みながら電車を降りた。
私は見送った。