はしがき

 本書は、日本語文の基本的な仕組みに関する理論書である。
 基本的な文とは、形式的にも機能的にも文の最低限の要件を満たす文を意味している。たとえば、「雨が降っている」「これはみかんだ」「みかんはあまい」など、主格と述語が命題内容を構成する単純な文である。このような文は、多様な展開形式をとる日本語文の基底として共通に見られるという性質がある。そこで、本書では、これらを基底文と呼ぶ。
 ただし、主格と述語が日本語文に共通に見られるというためには、論証が必要である。というのは、現行の日本語学の研究の前提に、このような見解を認める理論が存在しないからである。


 ところで、本書は、基底文を巡るふたつの理論、<「は」と「が」の交差対立理論>、および、この理論から遡行的に見出された<基底文の二元性原理>という説を提起する。
 基底文が日本語の文法を考える上で理論的に重要であるのは、あらゆる構文形式の原基形態であるとも言えるからである。それだけではなく、基底文に入る「は」と「が」の分析によって、「は」と「が」の使い分けという課題の解決が可能である。この理論を「は」と「が」の交差対立理論という。実は、この理論の発見が本書の基礎論的日本語文法研究の端緒となった。交差対立理論を、自然言語の普遍的側面から解釈しなおすと、個別の日本語文は、二重コピュラシステムという背景構造に置かれることによって、はじめて「は」と「が」の使い分けが十全に機能することを示唆している。