(1)<基礎理論による「は」と「が」の使い分け以外の課題解決とパースペクティブの転換>

 これらの理論に関連付けられる諸命題は、基礎理論としての体系性を備えており、「は」と「が」使い分けの解決を示すだけではなく、別々に論じられてきた先行研究の諸説相互の関連を明らかにし、位置づけ直す効用がある。
 こうした成果に至るには、交差対立理論と原理の確立だけでは足りない。理論が迫る研究者の視点の変更、つまり、理論的パースペクティブの転換を伴うものである。
 そこで、先行研究の見直し作業が必要であり、並行して、この理論が開示する理論的展望を実現すべく、文の形式と機能を正確に把握する文分析の枠組みの改善作業が必要だった。例えば、益岡隆志(敬称略;以下同様)の階層構造理論の日本語の「命題」の構成要素と、本書の「命題」のそれとは異なっている。その元となる三上章の提題の「は」を巡る説も根本的に問い直さねばならない。
 また、二元性原理や交差対立理論について、必要十分な説明を尽くすには、先行研究が扱ってこなかった論題も複数ある。


 それらの第一は、文の意味論としての知覚や論理との関係、これには、「は」の論理的判断に関わる側面と「が」の知覚や直観に関わる側面の研究が必須である。
 交差対立現象を前提に、名詞に定冠詞・不定冠詞をつける言語と比較して分かることは、冠詞の区別によって、名詞が個別の対象を指すのか、一般的対象を指すのか示すところを、日本語は、「は」「が」の使い分けによって示していることである。個別具体的な対象に関する認識、それに伴い、対象を指示する名詞につなげる述語づけは、感覚知覚を通じた認識を通じて実現すほかにはない。この側面を二重コピュラシステムのうち「が」が担当している。
 「主題―題述」関係を、文単独の本質とみなし、理論構築の大前提に位置づけると、こうした「が」が担当する個別具体的世界と文法との関係、日本語という言語システムを使用し生活する人々と世界の現実、自然界や社会、自分自身の意志や感情に関する直感と文法の直接的な紐帯を回避する制限を作ることになる。


 こうした文の意味論には、次の第二の観点も要請される。
 第二に、文・文脈・話者の三者の相関理論、これは、「は」と「が」の使い分けの生み出す含意効果の機序の解明に欠かせない。これも、名詞に定冠詞・不定冠詞をもうけず、文全体を二重コピュラシステムにより有標化するかしないかという日本語の文の性質に由来する。
 第三に、文分析の厳密性を期するための方法論、これは、新しい説の論証だけではなく、先行研究において、実例分析から導き出した理論的命題の誤りを指摘し、修正するためにも避けて通れない。
 あるひとつの形態素の備える機能は、文の中でのほかの要素との合成として、把握すること。また、文が単独で担う機能であるか、文と広義の文脈との合成によって生じている機能であるか、見極める方法による分析の厳密化である。
 こうした研究の帰結は、原理を軸に相互に関連しあって一つの体系を構成しているので、これを基礎理論と称する。