コミュニケーションが困難な場合の相互承認の重要性について、あるいは幻想クラッシャーの幻想


教えるのを愉しみにしていたお客さんを逃がしてしまって、
プロとしての自負をいったん脇に置き、どこがいかんかっ
たんかを反省している所である。(時にえらそうに書くこ
ともあるのは変わんない)
3級合格の証明書を見せてくれ、娘さんがインフルエンザ
になったせいで、時間がずれて、私に次のレッスンがある
ため短い時間で、コース設定を提示して、初日を迎えた。
一回目のレッスンで「中級から学ぶ日本語」をやったのだ
が、その出来はというと(今年四月入学の東京都の日本語
学校の就学生の入学許可ぐらい、思わしくなく、つまり壊
滅的であり)、ほぼ初級文型の応用でできあがっている第
1課にまるで歯が立たなかったので、スポット的に初級の
復習をやったのだが、どれも初めて習うかのごとくであっ
た。緊急に初級復習&トレイニングが必要だと思った。
 そのときも次のビジネスミーティングの時間がつめつめ
だったので、初回レッスンのレベルのあまりの外れ方につ
いて、テキストの扱いについてどうするか、こちらのコメ
ントを出さなかったのが最大のミスと言ってよかろう。
 ここで、お互いそれぞれ本音を言わずに別れたのであっ
た。やつは、こんにゃろめ、わけのわからんテキスト買わ
せやがって、わしにはこんなもんはわかりゃせんわ、どう
いうつもりだ、詐欺か、いかさまか、ぐらいの不信感をも
たかもしれない。こちらこちらで、受け身も、使役もわか
らんと、2級チャレンジとは、またおいでなすったよ幻想
に包まれたシアワセ野郎が、そのファンタジーを打ち砕い
てハードコア近未来滅亡SF世界に引きずりこんでさしあげ
ますからな、などとそれぞれ勝手な思いをもって「笑顔で」
「来週もよろしくお願いします」「がんばりましょう」と
別れたのだった。


 この後のやりとりを描写するのはめんどくさい。いろい
ろ携帯メールで英語,日本語でやり取りがあって、こちら
は初級復習の提案長文メールをPC向けに送ったりして、電
話がかかってきて、なにやら興奮しているなと、思ってい
たら、結局当日わざわざ私んちの自宅兼教室まで来てもう
やめるというのであった。


 その論理は破綻しているのだが、2級のペイパーが取れ
たら良いので、自分で勉強するから、もういらん。2級取
ったらお前のレッスンを受けにくる、という。
 誘いを断り、家に入らずにやつが帰ったあと、確定申告も
済まぬまま、今度はわしが納得いかんわい、と3時間かけて
せつせつと訴えるメールを綴ったのだが、アリバイ作り以上
の効果はもとより期待していない。気持は半分ぐらい納まっ
たけど。


 相互承認。mutual recognitionの手続は踏んだつもりで
あったのだが、ダメであった。どこがどうダメだったかと
言うと、お互いが納得できるコミュニケーションするために
は面倒くさくても時間をかけて、疑問点を解消しておかねば
ならない点が、両者ともにダメダメだった。
 何事も はじめが肝心。その始めはじっくり時間をかけて
しっかりした共通の土台を作らなくてはならないのであった。


 この応用をひとつ。
 こないだの講習会を聞きにきてくださった方の養成講座の
お仲間がある国へ行っての仕事が決まったというのだが、話し
があやふやなまま進んでいる。模擬授業や面接試験なども特
になく、というのが特に怪しいのであるが。私の近しい友人
にも一人このたび行く事になりました,と言うのだが、ペイ
が出るのやら出ないのやら、話しは聞いていないというのだ。


 どうですか。皆さんがその話しを兄弟姉妹や恋人から,家
族から、聞かされたとして、喜んでいってこいと言えます?
 いい人そうだから大丈夫と友人は言うのだが、いい人であ
るかどうかは印象や言葉では分からない。人を見抜く鉄則は
人が何を言うかではなく、何をするかであります。説明責任を
果たすのは、何をするかの方に入ります。私の面接試験を受けた
人は知っているはずなのだが、予想される問題は網羅して指
摘しておりました。それが当たり前だと思うからだ。
 (ある所に就職したときに入ったあとで社会問題になって
いたある事情を伏せやがっていたので、嘘つかれて入った会
社にいてやる義理はないと、ずっと思っていたので、自分が
されて嫌だった事は人にしないという哲学者カントの教えを
守っているのだが,日本語学校だと説明すべきポイントのリ
ストが延々続いてしまったりするのが難点だったのだよ。)
 であるから、相手の態度が、相互信頼モードで細かい事は
仕事始めたら分かるし、お互いもう友達みたいに仲も良くな
ったのだから、細かい事はいいでしょう。他人行儀はよしま
しょう。ルンルンというようなモードで、いつまで待っても、
給料やその他の待遇、組織が抱えている解決すべき課題、具
体的にどんなポジションでどんな仕事に就くのか、明かさな
い相手には本当に気をつけろ。聞きにくいとは思うが、前も
って納得するまで聞くのだ!!
 そうやって何が分かるか、教えておいてやろう。
 相手がいい人だった場合は、こうなる。
 「いっや、実はね、そこまでおっしゃるのなら、言います
けどね。これ内緒ですよ。私もよく分からないんです。上の
話しはころころ変わりますしね、延期だの変更はしょっちゅ
うですし・・・。私もほかのところに行けたら行きたいんで
す。泣いて止めていった人もたくさんいるんです。どっか良い
ところ知りませんか。」
 つまり、上の横暴に泣かされ、良いヒトそうな所を利用され
片棒担がされているのだ。そう言う人の困った所はそこで、被
害者になったことばかり頭にあるから、自分が加害者に現にな
っていることに鈍感になっている事だ。そんな立場にいる人に
は、あなたがいい人でいられる間に本気で急いで他の所を探す
べきだ、と私は言う。もし、なければ自分で作れ。できる。現
に私がやっている。(本当はやろうとしている、だが)


 こういう状況がむしろ常態だというほど多いのじゃありませ
んか。とにかく、本来の相互承認に至るためには直感や印象な
んてあやふやなものに頼ってはダメです。お互いの幻想を膨ら
ませるだけで、折角の出会いを不幸な結果に導くようなことで
す。筋道の通る言葉、論理と事実に裏打ちされたことっばのや
りとりです。ちゃんと契約書をかわしましょう。お互いが対等
な人間同士である、五分五分だという気構えを持とう。


中上健次『奇跡』には「男と女は五分五分だ」という台詞も
あった。草野心平は「犬も人間だ」と言っている。


 それにもし、相手が本当にいい人で、中身に嘘がなければ、
こちらが聞かなくても、喜んで、うちは本物です、安心でき
ます、これこの通り、風通しよくやってますよ、向こうから
そう言いたくなるはずです。中を見せてくれます。かつての
私のように、です。


 もし、相手が言わなくても、こちらが聞けば答えます。
 嫌そうな顔をしたら、それが怪しい証拠ですよ。
 今からでも遅くない。自分が浸っていたい幻想に浸るのは
その辺でやめておいて、クールに現実を踏まえましょう。F
くん。分かってくれたかな、私が言いたいこと。


 しかし、教師病が嵩じて、他人の希望を幻想だ,幻想だと
あちこちで平気で言って時にはお金まで取っているおれも、
なんとかしなければ、やばいんだろうなあ。