人類皆兄弟姉妹 アンヘロさんとナムさんの話


フィリピン政府勤務のアンヘロさんは、英語に直すとエンジェルだが、スペイン語読みになるのでアンヘロさん、というわけ。うりざね顔の優男で、鼻の下にひげを蓄え、大人の冗談を飛ばして、みんなを元気にしてくれるクラスのムードメイカーでもあった。


国に帰れば奥さんもいるのだが、ご主人持ちの中国人の美しいクラスメートを、もちろん冗談で許される範囲内ではあるが、会話の練習の時にはよく口説いたりしていた。あのクラスにはパラオからのメリッサとマキもいて、多様な文化圏の学生で構成されていたっけな。それから中国系と言っても、香港、台湾からの学生もいて、歴史的に複雑であるから、そういう構成だとトラブルが起きることもあるのだが、よくまとまっていたクラスであった。


アンヘロさんが、授業中に披露してくれた忘れられない、でもくだらない笑い話がひとつある。フィリピンのミスワールドコンテスト。司会のアナウンス。それでは審査結果を発表します。第三位はアメリカ代表です。胸の大きさが、メロンと同じでした。観客の拍手。続きまして、第2位、ロシア代表。すごいです。胸の大きさはスイカと同じです。観客の拍手と歓声。
ではいよいよ、第一位!フィリピン代表です。胸の大きさは、ココナッツと同じです。観客のざわめき。なんだって、おかしいじゃないか。ブーイングの嵐。司会者が言う。失礼しました。ココナッツというのは乳首の大きさでした。


以上。終わり。まったくくだらい話だが、アンヘロさんの人徳と言うか、ちょっと使い方が間違っているかもしれないが、この人はそういう人だと、その場のみんなも認めている、<筋金入りのすけべ>であった。それで、大方のクラスメートも、私やほかの担当の先生(女性の若い先生から年配の先生まで)も、苦笑いしながら、受け入れていた。あの人はそういう人だから、と。日本にはリアルにはいないが、小説や映画などでお目にかかる、これがプレイボーイというやつか、そして、これも日本語教師という職業ならではの異文化体験か、と教師側はひそかにそれぞれの心の中で言い聞かせていたものと私は思っている。


さて、でもバランスを取るためにも、すけべ一辺倒でもなかった話を付け加えておこう。アンヘロさんがクラスの一等年長者で、大人だなああ、とみんなが言ったエピソード。これはやばいネタでもあるので、ちょっと歯にものを挟むけど、男女関係のもつれがあった。マジで三角のもつれがこじれにこじれ、このままではただ事ではすまない状況が、卒業間際のパーティー終了後に起こった。だいたいみんなも、そこまでの成り行きを知っていたのだが、腫れ物に触るように気づかない振りをしていたのが、当事者の一人の精神状態が相当悪化し、ほうってはおけなくなったのだ。


ちなみに寮に住んでいたので、それが起こったのはもう零時を回っていた。話の段取りが、すまん、悪くてね。アンヘロさんは、ちゃんと三人ではなさせようと、いけない関係に走って、
パーティーから早々に抜けた二人を呼び出し、三人でよく話し合いなさい!と真面目に説教した。三人が、傷つけ合うことのないようにと距離を置いて見守るアンヘロさんの監視と、時には助言のもと、夜があけるまで話し合ったのだった。


その後も、もめごとは続いたが、それから後には、三人だけの問題だったことが、クラスメートにも共有され、立場が弱くなった一人を時には暗に、時には公然と応援して、バランスを取ることで解決への糸口になった。


アンヘロさんは、ただの<筋金入りのすけべ>であるだけではなく、いざとなったら頼れる大人であることを証明して卒業していった。もし、あの三角関係事件がなかったら、アンヘロさんの評価は、おもろいおっさんだったで終わっていたかもしれない。人間なにがきっかけで、人の見る目が変わるか、分かったもんじゃない。油断は禁物だ。


ところが、これで終わるわけにはいかない。まだ半分だ。私は、次の新入生のなかに驚くべき顔を発見し、人類学上すこぶる有益な観察をしたのである。それは、ナムさんだった。韓国の三大財閥系企業の一つの社員さん。うりざね顔の優男で、鼻の下にひげを蓄え、大人の冗談を飛ばして、みんなを元気にしてくれるクラスのムードメイカー。アンヘロさんに酷似した顔をひっさげてやって来た。冗談を言った後の優しげな表情が、国は違うといっても、親戚としか思えないほどだ。


授業を受けているときの、リラックスぶり、大人のジョークを利かせる腕前、ムードメイカーとしての自覚等等、すぐにアンヘロ2号とも呼ばれたが、なじむに連れてナムさんはナムさん、本家ほどすけべでもなさそうという会話も職員室では行われていた。


私は寮で舎監として一緒に住んでいたので、よく晩ご飯に呼ばれた。ナムさんは韓国からの
会社員三名のうちの一人だった。打ち解けてから、写真をみせて、この人はアンヘロさんと言って、こんなこんなおもろい人で・・・と話していると、同僚のパクさんが、にやにやしだした。同類ですよ、先生。このひとはチェビです。チェビというのは燕のことで、韓国ではプレイボーイのことです。あれこれ具体例を聞いて、私が小躍りして喜んだのは言うまでもないだろう。素晴らしい。


詳しく書くわけにはいかないので、信じてもらうしかないのだが、<ほんまもんの遊び人>だった。いろいろ苦労もしたそうで、おかげで苦学生だった頃にバイト先で磨いた料理の腕前の恩恵にも預かることができた。ひとつだけ言うと、日本に来てからも、休日にはどこぞで仲良くなったご夫人とデートがあると言って、いそいそでかけるようなことがあった。


素晴らしいことではないか。人種や民族の壁を越えて、同じ顔の人が、同じような性格と行動をしている。世界中のいろんな皮膚の色の、あるいはいろいろな民族衣装の、あるいはいろんな祈り方の、あるいはいろんな言語の、アンヘロさんたちやナムさんたち。を重い浮かべる。女性が好きで、女性を喜ばせることに、ほかの男どもより自信と経験もある、いくつになってもいたずら小僧のような男たち。まったく同じとは言えないだろうが、にんまりしたときの顔は皆同じ。


筆者注:私がこうなりたかったと言っている訳ではない。年頃のサカリのついたオス状態の若者であれば、一度はそれを目指すのではないかぐらいには思うが、落ち着いてくると、それぞれの心理学的タイプに応じて、男のスケベの度合いは変化し、行動様式もタイプに応じて多様であると、私は思う。この項目で私が言いたかったことは分かっていただけると信じる。
とにかく、今はまず人類を信じること、そして、そのうえで楽観視しないことが大切だろう。そう思って、わたしは書いた。


一日経って、私もこのクラスでは、のっけからくだらないギャグをかましていたことを思い出した。長音の練習で、「おばさん」と「おばあさん」のミニマルペアの練習では、「おばさん」のときは、セーター
の胸にオレンジを二個入れて、「おばあさん」のときは、腰を屈めたうえにオレンジの位置を思いっきり
下げて、演じた。女性の胸に関するトピッックが、一項目に二個もあると、どうしても、そういうことばかりやっていた印象が読者に生じるかと思うのではあるが、そんなことはないのである。たまたまの偶然なんである。また、今後このようなネタが増えるのではないかと警戒し始めた定期的読者もいるかもしれないが、これまでと変わらず、上品で知的で教養あふれる、そのうえ、実際の授業に役に立つ内容てんこもりで行きますので、ご安心を。


なに?そりゃどこのブログのことだとお?