トルコから来た青年の恋の顛末


今日はチラシを千枚刷ってもらって、さっそく梅田と天王寺で撒いてみた。駅ばりポスターの貼られ具合の視察をかねてだったが、ポスターは意外と見てもらえてないことが分かった。人々を観察して初めて分かる行動パターン・・・。わしは結構、眼に映るものなんにでも反応していたが、腹の空いた犬がにおいのするものならなんでも、食べ物ではないかと気になって、においを嗅いでみないと安心できないのと同じように、ポスターはいちいち見ていたような錯覚をもっていたが、いやいや、このわしとてもそんなに、全部はやはり見てはいなかった。ポスター広告を思いついたときから、一つの幻想に浸っていただけだ。


ポスターに近づく人々を観察して、ポスターはあてにならぬと、え〜と、もうすぐ、トルコからの青年の話が始まりますから、もうちょっと待ってね、あてにならぬと思い知り、チラシ撒きをがんばらねば、と思った。うれしいことに、一人、わしのことを知っていて、コンタクトを取ろうと思っていた、と言う人がいた。希望大である。


希望といえば、このセリム君も日本には大いなる期待と野望をもってやってきたのであった。
彼は、20歳。トルコの金満家の子弟の留学先は普通はドイツなのである。そう、うちの(正確には、かつての私にとっての『うちの』ではあるが)学校は、はっきし言ってその辺のぼろ学校と違って、お金持ちの子弟がたあ〜くさんご入学遊ばすブルジョア日本語学校ざあますのよ、ごめんあそあっせ、奥様、おほほほ、お〜ほっほっほっほ。


いきなり下品になって、前回の約束を忘れとりますな。ごめんどすえ。


ドイツへ行け、日本へ行くとは、訳が分からん、アホになったか、我が息子。と両親が嘆くのをよそに、兄さんがドイツへ行ったのだから、もういいじゃないか、ぼくは日本へ行くんだったら行くんだ。アホじゃない、アホかもしれない、そんなの関係ねえ!と反対を押し切って末っ子のだだこねを貫いて、来てしまいましたよ、にっぽんに。


彼は、格闘大好きニンゲンだったので、ドイツのスケベニンゲンなどには何ら興味を示さず、
日本国蹴入県拳打捲郡沼隈町にやって来たのだった。(けりいれけん、こぶしうちまくりぐん、と読んでください)空手、柔道、少林寺拳法、ボクシングにムエタイと全部やったと言っていた。でもマッチョなムキムキ男ではなくて、日本語の初級はばっちり終えており、敬語もしっかり使えて、姿勢ただしく礼儀を心得た申し分のない青年に、見えた。その最初の入学したての頃は。


どうやら、トルコ語と日本語は語順や文法の類似性があって、学びやすいようだった。モンゴル語、韓国語も、そうなんだね。日本語教師の皆さん!漢字が苦手ということは、中級クラスでの初級復習が終わって、本格的に「文化中級日本語」が始まるとジョジョに分かってくる。(初級復習は、いきなり中級からの人が居るときは必須だね。実は、同じくノルウエーからのレネとロンドンからのマークもいきなり中級だった。そうだった、そうだった。レネも20歳で、同い年の彼氏アンドレアスもくっついてきていたが、クラスは初級だった。マークのフィアンセは日系アメリカ人のジュリーで、あれえ、クラスどっからだったかな。十年以上前のことだからな、覚えてない)


それ以前に、セリムは初級で満足する人だった。先ほどあげた格闘技も、初級までしかやってない。「ぼくは初級ができると飽きるのです」グレーの瞳でまっすぐ私の眼を見て、正確な発音でそう白状したのは、担任の私が、中間試験かなにかのカウンセリングで、日本語やの留学の目的やの結構大事な話をしているときだった。


そのとき、彼は、マシャルアーツの道場がなかったので仕方なく入った空手道場を抜けたところだった。「どうして、日本の若者は不真面目な人が多いのですか。私は、やる気がなくなりました。練習はしませんし、話すことは車のこと、女のこと、それだけです」それから、こうも言った。「本物の日本人にはどこで会えますか。失礼ながら、先生も本物の日本人ではないです、私の考えでは・・・」
(ぎくり。ばれてました、か?私の先祖が何百年か前に日本に泳いで来て、忍者の秘技を
伝えた一族だったということが・・・・近代化するころにはすっかり定着していたから、国籍は日本ですけどねって、いやいやいやいや本当はよく分からないだけだが、日本通の外国人に偽物と言われると自信なくすぞ、おれは。とにかく国籍は日本だ。これまで、とりあえず、日本語をなんとか行使する技だけで食って来たぞ。コピーライター、塾講師、日本語教師、英語教室とな。あれなんかいっこ変なの混ざってるんるん


「え?!ニセモノ・・・・君の考える本物の日本人とはいったい」
「それは、『七人の侍』の<九蔵>のような人です。」(九蔵が分からない人は注を見てください。ネタバレ注意)
「そ、それは無理ですたい、西郷どん。第二次大戦でにっぽんは負けてしもうたとでごわすよ。おはんがどぎゃんがんばったところで官軍にさえ歯がたたんかったに、最後の戦は、お米の国アメリカだったとじゃきいに、経済成長どころかバブル経済の猛毒でふにゃふにゃくにゃくにゃになって腐り行く日本に、それを求められてもなあ・・・」
「そうですか。分かりました」


ええ、この辺まで書いて、飽きて来たので、明日続き書く。実はおれも飽きっぽい次男なので、セリムの気持ちはよくわかるんだわ。